春なので巣穴から出てみようとおもう。

毎年、春になると思い出す青い気持ち。いつまで経っても私はまだ大学一年生の頃の、下宿先の春にいる。焦る 不安 期待 絶望 どの言葉でもしっくりこない、曖昧な青い気持ち。

三嶋大社 神池と厳島神社と桜

春には花という花が思い出したかのように咲き、虫たちも目覚めて忙しくなる。春はざわざわがたがた世界が動き出して、自分はちっとも動けないでやんのとがっかりする気持ちがわけもわからない焦燥感に繋がるのだと思う。

三嶋大社 神池と夜桜

昨年の今頃から比べると、ライターとして新しく携わる企業・メディアが増えた。増やした。忙しくしていないと、春の雰囲気に負けてしまいそうだった。

乙女椿

忙しいという漢字は「心を亡くす」と書くけれど、私の場合はその逆で、自分が本当に望む仕事がビビッドに浮かび上がって自覚した。

それは新しく見つけたものじゃなくって、ずうっと前から知っていたことだった。知っていて、ほったらかしにしてしまった心の声。あるいは、挑戦する勇気が持てなくて忙しさを理由に先延ばしにしていた未来地図。

花にはさまざまな雰囲気がある。誰かが見つけてくれる花と、誰の目にも留まりにくい花。珍しい花にいたっては、わざわざ探し当ててくれる人がいる。

これはニンゲンにも当てはまると思っていて、

私は見つけてもらえない花の方だ。

だから、どうした。

見つけてもらえないなら、見つけて欲しいなら、ここにいるぞと叫ぶしかないのだ。花に声も足もないけれど、私にはどちらもあるのだから。

私はこの春から、文芸の公募に挑戦してみようと思う。小説ではなく詩で、公募数は小説よりも少ないけれど、ここにいるよと叫んでみることにした。

なんにもしなくても見つけてもらえる華をもった人はいる。どうやら自分にはその華がないようだ。

だからどうした。

高らかに叫ぼう!

花が思い出したように咲き始め、虫も忙しく動き出した。私も自分を思い出して、巣穴から出てみようと思う。

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