随筆「不要な歯」

Last Updated on 2023年12月4日 by chii

 

こちらでは
第50回沼津市芸術祭
文芸部門・科目「随筆」にて
入選いたしました作品を掲載しております。

不要な歯

他人からしてみればどうでもよいことでも、自分にとってはどうにもこうにも気になることがあります。私にとってそれは、自身の歯並びでした。

私の歯はいわゆる「八重歯」の状態で、秩序を失って存在しておりました。八重桜はふわふわポンポンしていて可愛らしいのに、私の口内にふわふわ要素は見当たりません。大いなる力に負けてぎうぎうと重なり合う歯の姿には、現代社会の世知辛さと同時に「それでも個性を失うな!」というロックな矜持をも感じておりました。そんな自分の歯並びは「大嫌い」ではなかったけれど、なにせ磨きづらい。重なり合う歯を完璧に磨くのは骨が折れ、幼少期から続く虫歯とのイタチごっこに疲れておりました。そしてやっぱり、きれいな歯並びの人を見た時に疼く「自分もきれいになりたい」と憧れる乙女心。

どこかの誰かが親指で放った「亡くなる前に『やればよかった』と後悔する人が多い」という呟きが私の乙女心に着火した夜。本気を出した乙女心のフットワークは軽やかさ甚だしく、次の瞬間には矯正歯科のウェブ予約のボタンをクリックしていました。三十路の世界が垣間見え始めた二十七歳の年、私は意を決して歯列矯正を開始しました。

私の顎は歯の大きさに対して小さく、歯並びを美しく整えるためには抜歯が必要でした。結局、計六本の歯を抜いたのです。歯を抜くなんて恐ろしいと感じるかもしれませんが、ていねいな麻酔とプロフェッショナルな施術によって、きっとあなたが想像するよりも痛みは少なかったです。ただし、もはや「工事」と言って過言でないほどの事柄だったことはお伝えいたしましょう。男性歯科医が両手を震わせるほど力をかけても、健康な歯はなかなか抜けないのです。一回の施術で二本ずつ、計三回の抜歯処置を乗り越えた私は、息を切らす歯科医を見つめながら(自分の中にも根性というものがあったのだな)とぼんやり思っておりました。六本の歯を失ってスースーする私の歯列。もう後戻りも途中リタイアもできないのだと、私の中の武士が背水の陣で法螺貝を吹き鳴らすのでした。

今回私が抜歯した六本のうち二本は「親知らず」です。親知らずとは「第三大臼歯」という交響曲のような正式名称を持つ、十代後半から二十代前半にかけて「親が知らないうちに生える」歯です。実は、これはちょっとした自慢だったのですが、私の親知らずはすべて正常に生えておりました。私の周囲では「横向きに生えてしまって腫れや痛みがひどい」「取り除く手術が大変だった」といった「親知らず厄介だったエピソード」をよく耳にしましたが、私の親知らずに反抗期はありませんでした。他人より優れていることがほとんどない私ですが、親知らずの健やかさだけはこの身に享受した幸運だったと思います。嬉々として友人に見せびらかしたこともありました。

しかし、そんな幸運にも喪失の危機が訪れました。見せびらかした罰でしょうか。最奥に生える親知らずは磨き残しをしやすい歯であり、現に左側の二本には虫歯の兆候があること、私の場合は抜いたほうが美しい歯列を保ちやすいこと、そもそも親知らずは「無くても問題ない歯」であることなどの理由を述べながら、歯科医は私を諭します。平たく言えば「親知らずも抜いて頂戴」ということです。私はその日一晩考えて、虫歯の兆候がある左側の親知らず二本を抜くことにしました。

なぜ右側二本は抜かずに残したのか。

それは単に、意地のようなものです。

歯科医から抜歯の必要性を諭された日の晩、私は「不要な歯」と言われた親知らずに思いを馳せておりました。虫歯の兆候があった左側二本は仕方ないとしても、右側の二本は健やかな歯です。しかも、今回の私の場合は親知らずを抜かずとも歯列矯正は可能でした。

ちゃんと生えているのに

「不要な歯」だなんて。

未来の不安要素のために、

取り除かれる最奥の存在。

なんて不憫な存在なのでしょう。

退化してしまった尻尾と違い、親知らずは現在も生える人が多くいます。おそらく太古の昔は必要なものだったのに、現代に存在意義が見当たらなくなってしまった歯。両親があれほど期待をかけてくれたのに目を離した隙に失速し、何者にも成れていない三十路手前の娘。最奥の日陰でひっそり生えている歯は、まるで自分自身のよう。

こじらせたエモーショナルによる意味不明な頑なさで「右側二本は残してください」と意思を述べる私を、きっと歯科医師は面倒な人だと思ったことでしょう。どうせなら抜けばいいのに。それでも、先生は立派な大人です。頑なな私を説得も説教もせずに「承知しました」と爽やかな笑顔を見せました。先生の歯並びはもちろん美しく、真っ白な「必要な歯」たちがずらりと光っていました。先生はきっとなんにもこじらせることなく大人になって、不要を手放す潔さを持ち、必要なものを着実に積み重ねてきたのだろうなぁ。

それから四年、三十一歳の年に歯列矯正が完了しました。大人にとって四年の歳月は疾風の如し。年末には「ついこの前までお正月だったのに」と時空の歪みを体現し、オリンピックが開催されれば「もう四年経ったのか」と枕詞を口走る私は、記憶喪失を経験する見事な大人になっておりました。

歯列矯正によって私の「必要な歯」たちはみるみる秩序を取り戻し、お行儀がよくなりました。以前のロックな矜持は鳴りを潜めましたが、きっと新宿駅の人混みをスマートにかわして歩く人々のように、内側にロックを秘めながらも涼しい顔をして整列しているのでしょう。一方で、温存した親知らず二本は今も、私の口のいちばん奥に生えています。「あなたは不要だ」と言われないように、毎日、人知れず、一縷の希望を託しながら、一生懸命磨いています。

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